ぱっつん女子の短い1日。

どうでもいい毎日の備忘録。

視点

 

こんにちは!栗もなかです(・ω・)

本日も安定の12時起床…。

こないだどうしても朝起きれないという悩みをバイト先の店長に告げたら、

「幸せな悩みだね(笑)」と鼻で笑われてしまいめげてます…。

 

そりゃあ他の人からしたら、そんなにゆっくり寝れていいね!羨ましい限りだよ!!

って感じだと思いますが、本人からしたら切実に悩んでいるんです!!

なんで朝早く起きれないんだろ…なんで寝ても寝ても眠いんだろうって…。

人の悩みって他の人から見たら案外どうでもいいことに思えることってありますよね…。

本人からしたら些細なことだけど本気で悩んでいてどうにかしようとしているのに、

第三者側の視点では「へー。で?」とか「いいじゃん。幸せな悩みだよ?」とかね(笑)

視点とか立ち位置とかで物事の捉え方はだいぶ変わりますよね。

 

最近Instagramに中学の頃の友人がよく写真をあげているのですが、

どうも好意的に見れない自分に気づきました。

なんで私はこの人の写真を見るのが嫌なんだろうと考えた結果、

それは過去に私がその子から嫌がらせされていたからだと気づきました。

嫌がらせと言えばちょっとしたちょっかいと思えますが、この「嫌がらせ」という言葉…

私はあえて「嫌がらせ」という言葉をチョイスしたのです。

でも心の中であれは「嫌がらせ」なんかじゃなく「いじめ」だったと思っています。

いじめの定義って何なんでしょう?

最近のニュースで見るいじめの内容は想像を絶するもので、

じゃあ私が受けたものはそれよりは全然ましだからいじめではなかったんじゃないか?

とも思うわけです。

でも当時の私は学校に行くのが憂鬱で、毎日嫌な思いをし、悩み続け、どんよりとした気持ちで胸がはちきれそうでした。

当時の私はあれはいじめだと感じていました。

 

でもいじめを行った側はその行為をいじめだとは思っていない。

「あなたは人をいじめたことある?」とか「私をいじめた事覚えてる?」と聞いても

「なんのこと?」と返されて会話が終わってしまうのでしょう。

だから今でもその子のInstagramを見ると嫌な気持ちになってしまう。

私がその子から嫌がらせを受けたのは2週間だけでしたが、私は覚えています。

きっとあの子は忘れてしまっているのだろうけど(笑)

 

当時は私も子供で(今も子供だけど)、嫌がらせがなくなってからは、再び嫌がらせを受けないためにその子に対して不信感を持ちつつも必死で何もなかったかのように振る舞っていました。

今は不信感と嫌悪感でいっぱいなのだけれども(笑)

きっとその子にとっては些細な事、もしかしたらあったことすらも忘れているかも。

でも私にとっては今でも覚えている嫌な記憶。

私が受けたのが「嫌がらせ」だったのか「いじめ」だったのかはもうよくわからなくなってしまったけど、

立場や視点が変わるだけでだいぶ物事の捉え方が違ってきてしまう。

だから思いやりの心が大切だと思う。

相手の立場になって考えてみることが大切だと思う。

そんな私もたまに相手のことを考えられず、一人反省会をします。

相手の立場になって考えるって難しい……。